高崎だるまとは

縁起だるまが愛され続ける理由


だるまが、単なる縁起物として作られていたのであれば、これほど多くの人に親しまれていなかったかもしれません。

養蚕農家の多かった北関東では、養蚕の大当たりを祈願するため、縁起だるまを守り神として祀るようになりました。
蚕は、繭を作るまでに4回脱皮します。その時、動かなくなった蚕が古い殻を割って出て動きだすのが、目を覚ますように見えることから「起きる」と表現していました。 そこで、七転び八起きで勢いよく起き上がるだるまと、元気よく起きる蚕をなぞらえ、養蚕の大当たりの願かけが行なわれるようになったのです。

養蚕の守り神として祀られるようになっただるまは、やがて一般家庭へと広まり、さまざまな願かけが行なわれるようになっていきました。

達磨大師※)の分身として、また、堅実なる信仰の中心として神棚に祀り、思い思いの願いをかけながら、片目をいれる。 その願いがめでたく成就したら、残りの目を入れて感謝をする。

だるまが長い間愛され続けているのは、 置物でもなく、飾っておくだけの縁起物でもなく、手を合わせる対象であるからです。 そして、目標を達成するための向上心を常に高めてくれる存在だからなのです。


※)達磨大師 「だるまさん、だるまさん」と親しく呼んでいるその実態は、菩提達磨円覚大師というお方です。達磨大師は、今から1600年ほど前、南インドに生まれ、布教伝道のため中国へ渡来し禅宗の基礎を築きました。 「一華開五葉 結果自然成」  達磨大師が残されたこのお言葉は、「一つの華から美しい五枚の花びらが開き、それがおのずから立派な果実を結んでゆく」という意味で、開運吉祥・心願成就を表す大変おめでたい語といえます。  「本来の自己に目覚めて、それを花びらのように開けば、果実が自然に実るように、おのずから大安心の境地に到れる。」という意味も込められており、「自分自身の華を開き、心豊かな人生を歩んでほしい」という達磨さんの願いが込められているといえるでしょう。

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